(C) 1978 Universal City Studios, Inc.

　‘78年9月6日、全米ネットワーク局CBSでプライムタイムの2時間枠として放送されたテレビ映画『Dr. Strange』。実は当時、『スパイダーマン』(‘77～’79)と『超人ハルク』(‘77～’82)に続く、マーベル・コミック原作テレビ・シリーズの第3弾に『ドクター・ストレンジ』が予定されており、本作はそのパイロット版となるはずだったんですね。

　スタン・リー自身が監修を務め、CBSもプロモーションにかなり力を入れた『Dr. Strange』。しかし蓋を開けてみると、思ったほど視聴率が伸びなかった。そのためにシリーズ化は見送られてしまいました。しかも、日本ではテレビ放送もビデオ化もされなかったため、長いこと幻の映画とされてきたわけです。筆者もずっと気にはなっていたのですが、このたびようやくアメリカ盤DVDで視聴。どんなトンデモ映画かと思っていたら、これが意外にも低予算ながら良く出来た作品でした。

＜ストーリー＞

(C) 1978 Universal City Studios, Inc.

　この世とは別に存在する異次元の世界。500年の時を経て、今再びこの世への侵略を始めようとしていた魔王は、しもべである邪悪な魔女モーガン・ル・フェイ（ジェシカ・ウォルター）に、侵略を阻む偉大な魔術師トーマス・リンドマー（ジョン・ミルズ）を倒すよう命じます。

　寿命が近づき魔力が衰え始めていたトーマス・リンドマー。彼にはスティーブン・ストレンジ（ピーター・フートン）という後継者候補がいます。中国人の助手ウォン（クライド草津）に調べさせたところ、ストレンジは大病院の精神科医として勤務している。しかし問題は、いかにして彼を後継者にするかということ。なぜなら、本人の自由意思に任せることが条件で、なおかつ彼は自分に魔術のパワーが秘められているとは気づいていないからです。

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　そんなある日、モーガンに操られた女子大生クレア・レイク（アン＝マリー・マーティン）が、街中でリンドマーを殺そうとします。魔術の力でリンドマーは無事だったものの、モーガンに精神を乗っ取られた後遺症でクレアはパニックを起こし、ストレンジが勤務する病院へ担ぎ込まれます。症状の原因が分からず困惑するストレンジ。そこへリンドマーが現れて事情を説明しますが、異次元だの魔術だのといった荒唐無稽をストレンジは信じることが出来ません。

　しかし、やがてクレアは意識不明の状態に。万策尽きたストレンジは名刺の住所を頼りにリンドマーの邸宅を訪れます。そこで、亡き父親とリンドマーが古い友人で、幼い頃から自分に卓越した魔術のパワーがあったと知るストレンジ。クレアの昏睡状態の原因は、彼女の精神が異次元で囚われの身になっているからだと聞かされた彼は、リンドマーの導きによって異次元へと向かい、無事にクレアを救い出します。

　自分の秘めた才能を知ったストレンジ。しかし、これ以上魔術の世界に関わりたくない彼は、リンドマーの後継者となることを断ります。いよいよ機が熟したと睨んだモーガンは攻撃を開始。リンドマーとウォンを倒し、ストレンジを異次元へと引きずり込みます。実はストレンジに一目惚れをしていたモーガン。「２人で力を合わせて世界を征服しましょう」と誘惑する彼女に、思わず魅せられていくストレンジ。しかし、そこで変わり果てたリンドマーの姿を発見した彼は、激しい怒りと共に魔術師として覚醒します…。

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＜ポイント１：超アバウトな実写映画化＞

　ということで、「魔術師」「ドクター」という作品の根幹に関わるコンセプト以外は、原作の設定をこれでもかと無視しまくったテレビ映画版。あれ、ドクター・ストレンジって脳外科医じゃなかったっけ？え、チベットで修業しないの？てか、両腕ピンピンしてんじゃん！リンドマーって誰？いやいや、エンシェント・ワンはどこ行ったのさ!?と、次から次へと突っ込みたくなります（笑）。ちなみに、ラストの方でドクターを魔術師として認める、謎の声の主がエンシェント・ワンだったらしい…。

　ただこれは恐らく、少ない予算の中でもなるべく見栄え悪くならないよう、試行錯誤した結果ではないかなと思うんですね。例えば、チベットや似たようなアジアの土地でのロケ撮影は予算的に不可能、かといってセットを組んでチベットを再現するにしても、出来ないことはないけど予算に合わせると安っぽくなってしまう。背景を合成するって手もあるにはあるが、当時のアナログな技術（背景のスクリーンに合成する映像を投影するパターン）ではバレバレになってしまう。だったらいっそのこと、チベットって設定を丸ごとなくしちゃえ！という感じではなかったのかと推測するわけです。

　魔術師の能力も本作では限定されており、劇中で出てくるのは瞬間移動と催眠術、簡単なビーム攻撃（？）くらいのもの。とりあえず、『ドクター・ストレンジ』の実写映画化として、かなりアバウトな内容になっていることは否めません。魔女モーガン・ル・フェイも、当時の原作だと『スパイダー・ウーマン』の敵役ですしね。ただ、脚本も含めて全体的には、そこそこ大人の鑑賞に堪えうる仕上がりとなっており、当時の「所詮は子供向け」と高を括ったような大方の特撮ヒーロー物とは一線を画しています。生前のスタン・リーは、古いマーベル映像化作品の中でも、特に本作のことを気に入っていたそうですが、なるほどそれは理解できるなと思いますね。

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＜ポイント２：意外にちゃんとした（？）特撮＞

　同じことは特撮にも言えます。確かに低予算のため派手な特撮を使ったシーンは皆無に等しいものの、あくまでも’70年代当時の技術レベルを考えればという条件付きになりますが、これ見よがしに安っぽかったり不自然だったりするような特撮シーンはあまりない。出来る範囲内でベストを尽くしているという印象です。異次元世界のセットなども、安価に作られていることが目立たないよう創意工夫がなされている。実に手堅い演出だと思います。

　監督・脚本を手掛けたフィリップ・デゲールという人は、主にテレビドラマの脚本家として活躍した人で、演出に回った作品は少なかったようですが、低予算娯楽映画の監督として優れたセンスを持ち合わせている。また、特撮監修を担当したトーマス・J・ライトという人は、後に『ミレニアム』や『ファイヤーフライ　宇宙大戦争』などの優れたSFドラマの監督を務めており、現在は『スーパーナチュラル』で数多くのエピソード演出を手掛けています。

　ちなみに、本編では名前の出て来ない異次元世界の魔王ですが、見たところ原作コミックに出てくるヴィラン、ドルマムゥを一応のお手本にはしている様子。まあ、いかにもハリボテのおもちゃといった感じですが、粗が見えないようにソフトフォーカス・レンズを使って接写を避けるなどの工夫がされています。