【言葉を失う衝撃のラスト】村上春樹の短編小説を映画化『バーニング劇場版』

レビュー 2019/01/31 08:57

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村上春樹の短編小説『納屋を焼く』を原作としたイ・チャンドン監督最新作。 NHKで放送された短縮版とは異なり、全てのシーンを網羅した完全版として劇場公開。自らの存在意義を見出せずにいる青年の葛藤を通し、心に灯した火を燃やし続けるための術を描いた作品です。 2/1（金）公開ですが一足早く見どころをご紹介！

ドラマミステリー・サスペンスバイオレンス

あらすじ

小説家を志しながら運送会社でアルバイトをしているイ・ジョンス（ユ・イアン）は、デパートの店頭でセールの広告モデルをしていた幼馴染シン・ヘミ（チョン・ジョンソ）と偶然の再会を果たす。
すっかり美しくなったヘミに心惹かれ、一度だけ肉体関係を持つジョンス。
ヘミがアフリカ旅行へ行っている間の猫の世話を任され半月が経ったある日、帰国したヘミを空港まで迎えに行くと、ケニアのナイロビ空港で知り合ったという青年・ベン（スティーブン・ユァン）の姿があった。
見るからに優雅で、気さくながらも不敵な表情を浮かべるベンは、ジョンスとは明らかに住む世界が異なる存在。
その後もヘミと頻繁に会うベンに嫉妬しつつも、平然を装い同じ時間を共に過ごしていくジョンスであったが、ベンが打ち明けた「古いビニールハウスを選んで燃やす」という秘められた趣味を耳にした時から何かが大きく変わり始めていくのであった。

『万引き家族』とパルムドールを争った大傑作

CANNES, FRANCE - MAY 17: (L-R) Actors Jong-seo Jeon, Steven Yeun, Ah-in Yoo and director Lee Chang-dong attend the photocall for the 'Burning' during the 71st annual Cannes Film Festival at Palais des Festivals on May 17, 2018 in Cannes, France. (Photo by Venturelli/WireImage)

第71回カンヌ国際映画祭にて批評家達による得点が過去最高点をマークし、国際映画批評家連盟賞を受賞した今作。
惜しくもパルムドール受賞は逃したが、『万引き家族』のパルムドール受賞を最も脅かした作品だとまで言われた大傑作。
原作は村上春樹の短編小説『納屋を焼く』なのだが、舞台を現代の韓国に変え、原作とは異なる映画オリジナルの展開を迎えることになる。
イ・チャンドン監督作品ファンはもちろんのこと、『万引き家族』を観た方も、村上春樹作品ファンの方も、NHKで放送された短縮版を見た方も、是非この作品に触れてみて欲しい。
『万引き家族』とは異なるベクトルで、光を得ようにも得ることのできない人々の姿を、愛を追い求めて足掻いている人々の姿を目の当たりにすることになるだろう。

CANNES, FRANCE - MAY 14: (L to R) Japanese actress Mayu Matsuoka, Japanese actress Miyu Sasaki, Japanese actress Sakura Ando, Japanese actor Lily Franky, Japanese actor Jyo Kair, Japanese actress Kirin Kiki and Japanese director Hirokazu Koreeda pose for the film Shoplifters (Manbiki Kazoku)' at the 71st Cannes Film Festival, France on May 14, 2018. (Photo by Mustafa Yalcin/Anadolu Agency/Getty Images)

そこにいるのに、そこにいない

兵役を経て大学を卒業するもアルバイト生活を続け、自らの存在意義を見出せぬまま道を彷徨い続けているジョンス。
小説家になりたいという夢がありながらも、抱えている家族の問題なども相まって、夢を叶えるための具体的な行動は何も起こしていない。
それより何より、誰かに必要とされたり、他者との繋がりを欲してばかりいる。
彼の場合、それらは夢を叶えていく過程で得られるモノだろうに、まだ何一つとして成し遂げられていない今この瞬間から多くを求め過ぎている。
ヘミと再会したことで、一時的にでもその心の渇きを潤す術を見出してしまったからこそ、次第に彼女やベンに固執していくことになる。

劇中序盤でヘミが語る「人生の飢え」、そして、みかんのパントマイム。
彼女が示していたのは、まさにジョンスの在り方そのもの。
「そこにいるのに、そこにいない」
劇中のありとあらゆる場面において、ジョンスの存在はどこか空虚である。
彼の前ではいるはずの猫もいなくなる。
実家にいるのに家族は皆離れ離れで彼一人。
ヘミの部屋にいるのに彼女はおらず、一人オナニーに明け暮れる。
完璧過ぎる青年・ベンの登場によって萎縮し、3人で過ごしていてもいるのかいないのか分からない。
家に電話がかかってきても、受話器の向こう側にいる相手は喋らない。
いざ必要とされる機会が訪れても、求められているのは金であって彼じゃない。
どこにいてもやることを見つけられないから、タバコを吸ってやり過ごす。
口から吐き出された煙のように、一瞬視認できたかと思えばたちまち消えていく。
いつだってジョンスはそこにいるのに、そこにいない。
その孤独にも近しい虚無の時間を経験したことがある者なら、きっと大いに引き込まれてしまうはず。

そこにいないのに、そこにいる

ジョンスが目指す小説家こそ、今の彼とは対極に位置する存在ではないだろうか。
「そこにいないのに、そこにいる」
たとえ読者の隣にいなくても、自身で書き上げた小説を通して見ず知らずの読者の隣に存在していられるのが小説家。
あなたの身近にだって、強烈な存在感を放っている人がいると思う。
その多くは、何かを成し遂げたり、ひたむきに何かに打ち込んでいる人である場合が殆ど。
そう、心の内から発する光が大きければ大きい程に周囲を照らし、良くも悪くも多くの人を惹き付ける。
今のジョンスでは、到底辿り着くことのできない境地。
強烈な光を放つベンを前にして、ジョンスの影は掻き消されていくばかり。
そんな消えかけてしまいそうなジョンスの心を、首の皮一枚で繋ぎ止めてくれていたのがヘミ。
だが、そのヘミにすら疑念を抱き始めてしまうから、徐々に抜け出すことが困難な底なし沼へとジョンスは落ちていく。

微かに感じられた繋がりが断ち切られ、途切れた繋がりを再び結び直すための術を追い求めていくジョンス。
その最中、ベンが打ち明けた「古いビニールハウスを選んで燃やす」という異様な趣味に心囚われ、彼の心は次第に蝕まれ始めていく。
ベンが放つ光の正体、それは心の内から発したモノが全てではなく、何かしらの外的要因による恩恵も大きい。
自分以外の何かを燃やすことで光を放つことも可能なのかもしれない。
ただ、全てを燃やし尽くしてしまえば結局は何もかも消え去っていく。
心という名の無尽蔵な燃焼材料を扱えるようにならない限り、絶えず別の何かを燃やし続けていないと炎を維持できない。
自身の心を火種とした炎を灯さない限り、真の光にはなり得ない。
その正体を暴こうとしていたのか、あわよくば自分もその力を得ようとしていたのか、本来向き合わなければならない多くのことから目を背けたかっただけなのか、ジョンスの心は答えを求めてただひたすらに彷徨い続けていく。

総合評価

いくつかの謎が残ったまま物語は幕を閉じる。
だが、そんなことは最早関係ない。
謎の答え云々よりも圧倒的なモノを見せつけられてしまうのだから。
謎解きをしていたわけではないのだから、答えは求めなくても良いのだと思う。
ジョンスが抱える葛藤を、心の揺らぎを、光を追い求めて彷徨う姿を、その心で噛み締めて欲しい。
自身の弱さが、光を欲する心が、混沌と化していくこの世の中がきっと見えてくる。

あなたの心は燃えているだろうか、光を放つだけの輝きを発しているだろうか。
心に火を灯す術を模索する全ての人に観て欲しい。
この残酷でありながらも美しい作品を。
巨匠イ・チャンドンが描く世界、ぜひ劇場でご覧ください。

青春★★★
恋 ★★
エロ★★
サスペンス★★★★
ファンタジー★★★
総合評価:A

『バーニング劇場版』
2 月 1 日（金）TOHO シネマズシャンテほか全国ロードショー
©2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved
監督：イ・チャンドン『シークレット・サンシャイン』
原作：村上春樹「蛍・納屋を焼く・その他の短編」（新潮文庫）
出演：ユ・アイン『ベテラン』スティーブン・ユァン「ウォーキング・デッド」シリーズチョン・ジョンソ
2018 年／韓国／カラー／148 分/シネスコ/5.1ch デジタル/日本語字幕：根本理恵/国際共同制作 NHK/配給：ツイン